| <1学期> 新入生だったこともあり様子をうかがっている時期だったが、1ヶ月くらいたつと、他の子と同じ作業ができずパニックが起き始める。夏休みに入る前には大 きなパニックを起こすことが多かった。この頃の大きなパニックとは、物を壊したり、周囲の人をたたいたり、それを注意すると「僕をみんなが悪者にする」と 言って教室に入り、中から鍵をかけ教室の中にある物を片っぱしから投げてしまうことである。 |
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| <2学期> 2学期に入ってさらにパニックも増え、対応できる大人も限定された。周囲も気を使わなければならなくなり、学級全体の雰囲気も悪くなった。文化祭のとき には、舞台に立つことはできたが、みんなと同じ行動はできなかった。 |
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しかし、大根販売のときは、他の生徒よりも大きな声を出して販売
で
きた。
これは、ほめる材料が増え、指導の一部に使うことができた。 |
| <3学期> 調理実習では、準備することができないが、買い物実習には喜んで参加できた。しかし、カートを押すことだけが目的で荷物を持ったりすることはできなかっ た。 |
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2泊3日のスキーの生活
では、
スキーそのものは得意なのでよかったが、集団生活の中で、自分が納得できないことがあると練習から抜け出すこともあった。
その都度、担任が話しをして聞かせると納得して戻るということを繰り返した。理科の時間にペットボトルロケットを作って(作ってもらい)1〜2回とばし
た。水遊びが大好きなので、寒い時期でもびしょぬれになって取り組んだが、他の生徒のロケットを拾っては、さらに遠くに投げてしまう行動があった。 トラブルが多かった女子生徒が卒業して、しばらく平和な日々が訪れた。 |
トッ プへ
| <1学期> 新入生の中に難聴で声は出ても言葉にならない男子生徒S君がいて、その生徒との相性が悪くトラブルになることが多かった。2年生になり「おにいちゃん」 になったことを家庭と学校で言い続け指導に結びつけた。が、実際にはそのS君とは、知能の高い者同士なのではっきりとは効果がでなかった。そこで、 「100 ○表」を活用することにした。調理実習では、タマネギの皮をひとつむくことができた。社会の時間に地域探検で、学校の近くの橋の名前を調べた。全ての橋の 名前を暗記し、橋の名前を書いたり、質問に答えたりして積極的に参加できた。東山動物園へ遠足に行ったときに |
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| は、事前に家庭の方
で下見をしていただいたこ
ともあり理君は事前指導から意欲的に参加できた。音楽の授業で琴の練習をしたが、琴に興味がなくこだわりグッズを抱いているだけで何もしなかった。ただ、
琴の準備や片付けはできた。 |
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<2学期> 夏休みに2泊3日で農林体験学習に参加したときには、大嫌いな虫がいたこともあり、農作業には参加できなかったが、雨の中で森林作業には参加できた。こ の頃は、1年生男子S君と毎日トラブルがあったり、同学年男子生徒H君を独占したいがために、乱暴な態度に出てしまったり、マジックを振 り回し、優しい同学年男子生徒W君や友達感覚の樋口の背中にマジックをつけたりしていた。それにともなったパニックも多かった。学校内で物を投げるにとど まら |
| ず、外に走って行き
橋の上から自分のスリッパを川に投げ込んだりもした。パニックは多いが、事後指導が受けられるようになった。家庭と学校では「困っ
たことは担任の先生」「がんばったらトリビアがみれる」勉強スイッチや仲良しスイッチを有効に使えるよう連携をとったが、仲良しスイッチは難しかった。文
化祭は、昨年と同じ銭太鼓の発表だった。練習はほとんどしなかったがなぜか本番ではみんなと同じようにできた。1年半かけて清掃場所を手洗い場に固定する
ことができた。(この手荒い場清掃は卒業まで続けられた) |
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| <3学期> 相変わらず、1年生男子S君とのトラブルは毎日続き、同学年男子H君の独占欲は増していった。が、一方では鼻水が出たH君に対しティッ シュを持ってきたり、ゴミ箱を持ってきたりとH君を気づかう面もあった。今年もペットボトルロケットをとばしたが、S君に水をかけたり、たたいたりしたの で、教室に戻した。2月から薬の服用が始まった。最初の1ヶ月くらいは、食欲がなくなったり、突然ぼーっとしたり、無表情になったりしたこともあった。 が、学校としては、服用していても善悪をきちんと教え、悪いときには謝らせる・・・という指導方法はかえない方針をとった。絶対的に指示の通っていた担任 の転任が内定したため、紅谷ができるだけ指導や指示を通すようにした。が、担任のように強い指導ができず、強い指導を誰がしていくのか・・・その課題をの こしたまま3年生を迎えた。 |
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| <1学期> 強い指導者を樋口に、フォロー役を紅谷に決めたが、実際には理君が選んだのは、紅谷だった。結局強い指導者不在のまま、新入生に男子Y君を迎 えることになった。その生徒とも相性が悪く、トラブル相手が二人になった。家庭と連絡を取り「3年生だから、我慢しようね」ということで理君に言い聞かせ たが、冷静なときは理解できたが、1年男子Y君の予想もつかない言動で、大きなパニックを起こすことが多かった。その都度、紅谷が理君を押さ え、樋口がクラスの生徒から事情を聞き、理君が悪いときは謝らせ、相手が悪いときは理君に対して謝らせた。その結果、パニック後の切り替えが早くなった。 修学旅行は、樋口が同行した。一度だけパニックが起きたが、紅谷不在でも事後指導までもっていくことができた。3年生になってからは、パニックが起きたと きには紅谷しか対応できなかったが、不在のときは、樋口でも対応できることがわかった。このあたりから、樋口、紅谷両方で指導していく目標をたてた。 |
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| <2学期> 調理実習の買い物では、昨年とは違い、買い物・支払い・荷物持ち全て自分でおこなった。 お好み焼きは、自分以外の人の分も焼くことができた。文化祭では、ハンドベル演奏をおこなった。昨年とは違い、練習も積極的に参加した。このころから、 各 授 業者の指示が通るようになってきた。指示の通る授業には樋口・紅谷は入らないようにし、できるだけいろんな人の指示を通すようにした。でも「物を投げそう になったら、 隣の学習室へ行ってもいいよ」と逃げ道を作った。クラスでは樋口に対する独占欲が出てきて樋口が他の生徒と一緒にいると腹をたてて、たたくことが多かっ た。そこで、樋口が他の生徒と接しているときに、紅谷が事情を説明すると理解することができた。2年生男子S君や1年生男子Y君の言動が 刺激になってのパニックは続いていたが、「Y君は、1年生だから間違えるけど仕方ないね」「今、S君はごめんねって言ったんだよ」と、できるだけその場の 状況を説明して、パニックを防ぐこともできてきた。 一方、悪い事を認めさせたり、できることをおさぼりでやらなかったことに対しては、パニック覚悟で指導 をした。その際、金額の高い物や投げられてまずい物はあらかじめ移動させ、投げられても仕方のない物を入り口近くに置いた。必要と思われるパニックに対し ては、家庭 からの理解があったので、こちらとしても被害を最小限におさえたいと思った。また、毎日のように起きていた2年生男子S君とのトラブルに対して、指 導方法がわからず考えた結果、理君がたたいたりしたときにS君に「痛い」と言わせる指導をした。これは、何度もS君に「痛い」と言いなさいと指導しても、 言わなかったことや「痛い」と言わせたところでトラブルが無くなるという保証がないことから、S君の親にも相談をした。S君の親から「それで試してくださ い」と言う返事がきたところで、理君がS君をたたいたとき「痛い、と言わないと理君に伝わらないよ」と、まずはS君に対して樋口が強い指導にでた。少しず つS君の口から「痛い」の言葉が出てきた。言った瞬間に「おさ〜 S君が 痛い!って言ってるよ。相手が痛いということはやっちゃだめ」の指導をし、最終 的にはS君が「痛い」といえば「痛いって言ってるよ」の言葉をかけただけですぐやめるようになった。S君も「痛い」と言えば、理君が手を離してくれるので 大きな声で言うようになった。結果、S君は「おちゃむ」と理君の名前を呼ぶようになったり、理君がぎゅっと抱きしめても、それほど嫌がらなくなり、理君も 無理なことはしなくなった。2学期は理君にとってだんだん指示が通りやすくなっていったと同時に、友人感覚であった樋口が理君に対して強い指導を試し出し た。が、よく失敗してたたかれることが多かった。今年もペットボトルロケットをとばした。毎年いいイメージがないこの授業だが、今年はいろいろ試した。優 しい同学年男子W君のロケットを踏んでしまうので違うロケットをW君に渡し、理君には「W君のロケットは修理中だから、K先生の作ったロケットをW君にと ばしてもらうね」と言ったところ、W君のとばすロケットを踏むことはなかった。この案は理科担当のK先生が言い出した案である。このように今年はいろいろ な先生がバックアップしてくれた。 |
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<3学期> 2ヶ月間しかない3学期で大きな変化がたくさんあった。2年生男子S君との関係がよくなってきた。1年生男子Y君に対しては、理君が安心できる環 境であれば(具体的には、Y君に指示を通せる樋口がいるとき)Y君がどんな暴言を吐こうが気にしないことがわかった。これまで周囲に刺激されパニックを起 こすことがほとんどだと思われたが、刺激だけでパニックを起こすわけではないとわかった。また、Y君がそばに寄ってきて嫌だと思うときは、自ら隣の学習室 に移動することで自分をコントロールすることもできるようになった。大嫌いだった畑仕事も、雨降りに傘をさして大根を抜くことができるようになった。指示 をその都度変えても、全く問題がなくなった。いろんなことが可能になるたびに、樋口の強い指導を意識的に増やしていった。(もちろんパニック覚悟で)しか し、強い指導によるパニックはなかった。特殊においてはタブーだと思われる、前日にやった悪いことを次の日叱ることも試してみたが、これも問題なかった。 |
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| それどころか「昨日、食器洗うスポンジを2個冷凍庫に入れたでしょ!! 食器が洗えんかったがね!」と、言ったところその日は1個だけ冷凍されていた。し まった!言い方をミスった・・・とこちらも指示の出し方の反省となることも多々あった。卒業関係の練習も一般の生徒と同じように参加させた。本番以上のつ らさを与え、本番を乗り切る方を選び、4時間の練習にも参加させた。知らないうちにあんなに使っていた切り替えスイッチも使わなくなっていた。スイッチを 使わなくても、言葉で十分指示が通るようになっていた。 | ![]() |
<心がけたこと> ・ 家庭との連絡は密にする ・ 最終的に就労に役立つ指導をするために優先順位を考える(45分間着席や授業中は授業者に従う。時間を守る、嫌なこともやる・・・その結果学 力向上につながればよい) ・ パニックは最小限にするが、パニックをおそれない ・ 理君中心にクラスをまわさない ・ 学校中の先生に理君をはじめとする他の生徒や現在のクラス情報を流すことで、他の先生の協力を得る→できるだけいろんな人の指示が通るように したい ・ パニックの原因を考え、少しでもクラスの全体指導に持っていけるものは、持っていく→パニックによる理君の孤立を防ぐ ・ 難しい指示を出すときには、空腹時の4時間目はさける ・ 指導方針は必ず統一する |